浦原 | ナノ
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とても、眠ることなんてできなかった。先遣隊として派遣されていた九番隊は、ひよ里は、どうなったのだろうか。わたしに大丈夫だと言い残して出ていった浦原隊長はどうなったのだろうか。朝日がのぼって、それでも帰ってこない人たちに、胸騒ぎばかり大きくなっていく。

「なまえ」

「四楓院隊長………?」

「黙って儂とともに来い」

突然わたしの部屋に現れた四楓院隊長は、そう言ってわたしを抱えあげると、すごい速さでどこかへと向かっていく。さすが、瞬神と呼ばれている人である。きっと、並走しようとしたら一瞬で見失ってしまうのだろう。四楓院隊長に連れられてやって来たのは、双極の丘の下にあるだだっ広いスペースだった。ここは一体。そしてどうしてこんなところに。浦原隊長たちはどうなったのか。聞きたいことはたくさんあるのに、ぴりぴりとした空気が何も聞かせてはくれなかった。

「連れてきたぞ、喜助」

「…………ありがとっス、夜一サン」

四楓院隊長に黙ってついて歩いていくと、こちらに一瞥もせずに作業をしている浦原隊長の背中があった。隊舎に戻らず、一体何をしているというのか。そして近くには握菱大鬼道長の姿と、虚のような仮面を被った、何か。いいや、何かじゃない。全員、仮面のせいで顔は見えないけれど、確かによく見知った人たちだった。ひよ里、と引きつった声を上げて駆け寄ろうとしても、四楓院隊長に止められる。ねえ、どういうことなの。どうしてひよ里に虚の仮面が。どうしてみんなぴくりとも動かないの。なまえサン。困惑するばかりのわたしの名前を、浦原隊長がやはりこちらを見ず、手元をひたすら動かしながら呼んだ。

「簡潔に説明します」

昨夜の、悪夢のような事件について。五番隊の藍染副隊長、市丸三席、九番隊の東仙要。この三名によって、今ピクリとも動かない虚の仮面を被った人たちは強制的に虚化されてしまった。浦原隊長は彼らの虚化を解除するために手を尽くしたが失敗し、さらに全ての罪を被せられ、中央四十六室の決定で霊力を剥奪されて現世に追放されることとなり、握菱大鬼道長も禁術使用の罪により投獄されるところだった。虚化した人たちは虚として処分されることが決定していたらしい。しかし四楓院隊長が浦原隊長と握菱大鬼道長を助けだし、虚化した人たち共々この、昔に四楓院隊長と浦原隊長が作った秘密の遊び場に連れてきて匿っているとのことだ。みんなが動かないのは、虚化の進行を止めるために握菱大鬼道長が時間停止の禁術をかけているためだと。説明をされても、あまりに昨日までの日常からかけ離れている話に、頭がついていかない。ただひとつわかるのは、このまま尸魂界にいたら、ひよ里たちは処分され、浦原隊長たちは冤罪で裁かれてしまう。それだけだった。一気に顔から血の気が引く。

「なんで………なんでそんなことに………」

「今はその理由を議論する時間はありません。ボクたちはこれから現世に逃亡します」

霊圧を探知できなくする義骸。きっと昨日作っていた義骸の一種だろう。浦原隊長は、今、それを人数分作っている。時間を止めるにも限度があるのだろう。だから、わたしに視線もくれず、いつものように大丈夫だと笑って頭を撫でてもくれない。そんな切羽詰まった状況なのに、どうして。どうしてわたしをここに呼んだの。今この場で、わたしにできることなんて何もないと言うのに。

「今回のこと、なまえサンには一切関係ありません。それでも、アナタだけをここに置いていくことなんて、ボクにはできない」

黙ってついてきてはくれませんか。浦原隊長の作業する音だけが響く空間で、その言葉がやけに大きく聞こえた。罪を被せられ、裁かれるところを逃げ出した浦原隊長は、これから大罪人とされる。虚化した人たちだって、存在を抹消されることになるだろう。彼らの逃亡を手伝った四楓院隊長も、握菱大鬼道長も。わたしが彼らについていったのなら、きっとわたしも。これまで死神として生きてきた、全てを捨てることになる。強制はできません、と言う浦原隊長だが、もし、わたしが断って、ここのことを誰かに話したりしたら。それを考えないような人じゃないのに。それに上手く逃げおおせたとしても、これから藍染副隊長や尸魂界からの追っ手から逃亡する日々が始まるというのに、わたしのような足手まといを連れていったら浦原隊長の負担が大きくなるだけだ。そんなこと、考えなくてもわかる。それでも、わたしを連れていこうとしてくれる。

「わたしはどこまでも、あなたに着いていきます」

ゆっくりと、答えを口に出す。最初から考える余地なんてない。あなたがいない世界は、わたしにとってなんの価値もない。すると、浦原隊長が、ようやく作業の手を止めてわたしを振り返った。

「わかってますか。ボクについてきたら、ずっと追っ手に脅えることになる。この状況で守ってあげられる自信は、ボクにはないっスよ」

「でも、浦原隊長はそれでもわたしに着いてきてほしいんでしょう?」

「これは、ただのボクのわがままです」

「浦原隊長のわがままなら、わたしが聞いてあげないとですね」

まさに絶句、といった様子だった。こんな即答できるような話ではないとわかっているからだろう。でも、いつもわがままを言わない浦原隊長がわたしを望むというのであれば、わたしは応えたい。大丈夫。みんないる。今は大変でも、浦原隊長ならひよ里たちのことも絶対に助けてくれる。そしたら、わたしの大切なものはほとんど全部、浦原隊長のところにあるじゃないか。なまえサン、となおも言葉を続けようとする浦原隊長を、四楓院隊長の喜助!という強い声が遮った。

「乙女の決心を無駄にするでない!それよりもおぬしは、一体余分に作らなければならない義骸のことを考えなければならんじゃろう!」

「………作業時間的には、問題ないっス。予定通りの時間で終わるでしょう」

「お手伝いします」

「いえ、なまえサンは始解でここを覆ってもらえますか」

この場所の存在は浦原隊長たちしか知らない。でも、万が一にも見つかるわけにはいかないから。わかりました、と言って昨晩の厳戒体制のために所持していた斬魄刀を一撫でしてから鞘から引き抜き、覆え、霧影、と名前を呼ぶ。わたしの始解は、霧を発生させて選択した覆い隠す対象の姿、霊圧、位置を全て隠すことができる。そして今、覆い隠す対象は、ここにいる人すべてだ。日が当たらないのに明るいこの遊び場を、わたしの霧が包む。これでこの場所が見つかってもわたしたちを捕捉することはできない。それから、浦原隊長は一言も発することなく作業を続けていく。その背中を見つめていると、四楓院隊長が本当によいのか、とわたしに声をかけた。すべてを捨てることになるぞ、なんて、四大貴族で、二番隊隊長で、隠密機動の総司令で、わたしよりもよっぽど捨てるものが多いくせに。

「わたし、嬉しいです」

「…………ほぉ?」

「あの人が、ダメだとわかっていてもわたしを連れていきたいと思ってくれたことが」

四楓院隊長は面白そうに口角を上げて、これは喜助では手に負えんのぅ、と満足そうに頷いている。しばらくして、義骸を作り終えた浦原隊長が、できました、と立ち上がった。一刻も早く現世へと逃げなければ。当然地獄蝶を連れてなんていけないから、穿界門の中では拘流と拘突が迫ってくるだろう。握菱大鬼道長の術で意識のない8人と四楓院隊長以外の全員分の義骸を運び出す。四楓院隊長が先頭をつとめ、殿はわたしと浦原隊長だ。もう何時間起きているのだろうか。色々なことが起こりすぎて、怒濤のように過ぎていった時間に、さすがに疲労を隠せない様子の浦原隊長が、わたしの隣に並んだ。いつもでは考えられないほどに表情が暗く、俯いている。

「………スイマセン。絶対に、あなたを巻き込むべきじゃない。でも、ボクにはもう、なまえサンのいない世界なんて考えられない」

「………わたしもです。浦原隊長のいない世界なんて、考えられません」

項垂れている浦原隊長の手を、指を絡めて握る。あのまま置いていかれたらきっと、わたしは黙って姿を消したこの人を、わたしを置いていったこの人を憎んでしまうだろう。どうして傍にいてくれないの、なんて。それでもきっとこの人は、わたしが無事ならそれでいいと笑うのだ。わたしが知る中で一番浦原隊長らしくない判断。それが、今までのどんな愛の告白よりも、どんな口付けよりも愛情を感じて嬉しかったなんて、口にしたら怒られてしまうだろうか。繋いだ手を、穿界門へと引っ張る。

「行きましょう、浦原隊長」

いつかここに戻ってくるその日まで。わたしはあなたの隣を歩き続ける。


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